©ふみふみこ/新潮社

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90年代の日本では、阪神大震災が起き、地下鉄サリン事件があり、14歳の少年が起こした酒鬼薔薇事件は世間を震撼させた。強い閉塞感の中でこの時代に思春期を迎えた子供たちは、大人になった時にさまざまな思いを抱えるようになるのだろう。

当時のリアルを絡めながら「半自伝的」と銘打って描かれた漫画が『愛と呪い』(ふみふみこ/新潮社)だ。こんな謳い文句をつけてしまうと「半」とあっても「主人公=作者」とすべてが作者の実話として受け取られるリスクがある。それでも作者は敢えてそれを受け入れた。

主人公の少女は幼い頃から父親に性的な接触をされていたが、本人は「そういうものだ」と思っていた。しかし思春期を迎え、それが異常だと気付く。中学生になり胸も膨らんできて、恥じらいや嫌悪感も生まれるが、父親は酔って母親や祖母の前でも少女にキスをしたり、押し倒して乳房を舐めたりする。恐ろしいことに、母親は笑いながらそれを見ているのだ。夫が、年頃の娘を押さえつけてする行為を。

通う宗教学校では教祖の写真が額に入れて飾られ、何かをする前には必ず祈りを捧げる。震災で弟を亡くした一人の生徒だけが「祈っても何も叶わない」と真っ向から否定し「血の粛清」と称して自らが教祖を殺害し、世界を浄化するのだと熱く語っていた。主人公がノートに書いていた世の中への絶望を見て、仲間意識を持ったのだろう。

しかし酒鬼薔薇事件のせいで粛清は決行されず、主人公だけが疎外されていく。家や学校で感じた誰にも言えない違和感で、少女は何が正しくて清らかなのかもわからない。夢も希望も見えない中、現実では作者が生きて作品に昇華させたということの救いを噛み締める。

(担当ライター:桜木尚矢)

 

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