過労死、長時間残業、ブラック企業、低賃金、終身雇用制度の崩壊など、現代日本社会のサラリーマンを取り巻く要素は相変わらず暗い。しかし彼らは毎日、黙々とストイックに働いているわけではない。仕事の合間にとる食事は、現代日本のサラリーマンにとって、つかの間の癒しであり、娯楽であり、息抜きである。少なくとも栄養摂取以上の意義を持っているはずだ。そんなニーズを漫画界も読んでか、漫画の定番ジャンルに「食通×社会人」という組み合わせがある。その中で今、話題を呼んでいるのが『めしぬま。』(あみだむく/徳間書店)だ。
『めしぬま。』は、さえないサラリーマン・飯沼(いいぬま)の、飯を食う時の表情だけにフォーカスした食通モノ漫画である。みどころは主人公の本能丸出しの表情だ。味の詳細な感想や食のうんちくなど、いわゆる実用的な食通モノの対極ともいえる。飯沼は食べ物の細部まで目で愛撫(観察)し、その一部をうやうやしく口に運び、一体化する(=食べる)。そして「うんまぁ…」としみじみ至福にひたる。無心、恍惚とする飯沼の表情は官能的なまでに本能的で、食堂のおばちゃんやその辺のOLも目を奪われる。
日本では「食べる」という言葉は、たまに「働く」という意味で使われる。一方、食はエロスと並ぶ、本能にダイレクトに響く愉楽のひとつでもある。食事時の飯沼の顔が本能的なのは、彼にとって食が栄養摂取どころか至上の愉楽だからだろう。だから、明日もあさっても、うまい飯を食い続けるために彼は働く。
愉楽のために働き、食事を心から楽しむ人の人生は、豊かであるし幸福だ。本作は世知辛い社会をそれなりに楽しく生きるサラリーマンを、新しい視点で描き出した漫画といえる。
(担当ライター:烏丸桂)