『シン・ゴジラ』や『君の名は。』が席巻した2016年の日本映画界。だが専門誌『キネマ旬報』が選んだ昨年のベスト映画は、口コミで人気を拡大したアニメ作品『この世界の片隅に』だった。今回はその原作となった、同名コミック(こうの史代/双葉社)を紹介したい。

 

舞台は太平洋戦争中、昭和19年の広島。呉市の北條家に嫁いできた少女・すずが主人公。嫁ぎ先でのぎくしゃくした人間関係、窮乏していく食料や生活物資、忍び寄る空襲の気配などの逆境を、すずは持ち前のマイペースな性格で乗り切っていく。しかし日本の敗色が濃厚になった昭和20年、ついに呉市への空襲が本格化。すずや家族たちの暮らしが危機を迎える――というストーリー。

 

戦争作品の多くが「グロテスク描写」または「ヒロイックな兵士の活躍」といった特別な要素をメインとするのに対し、本作はあくまで日常生活が描写の中心。古着からモンペを作ったり、台所で鼻歌まじりに節約メニューを作ったり、夫の周作とささやかな愛を語ったり。自分の日々をひたむきに生きようとする姿は、70年後に暮らす私たちとなんら変わらない。そこに描かれたのは、誰もが否応なく戦争に巻き込まれた時代に、きっと「世界の片隅にあったはず」の風景だ。だからこそ特別ではない、ただの女性の運命すら激しく変えてしまう戦争の悲惨さ、愚かさが逆説的に浮き彫りにされ、見た者の心を揺さぶってくる。

 

膨大で綿密な資料収集と時代考証を積み重ねながら、テーマは終始一貫しており、エンターテイメント性もきわめて高い。『はだしのゲン』同様、いずれ世界中の言語に翻訳され、読み継がれてほしい傑作である。

 

(担当ライター:浜田六郎)

 

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